新しい年を迎えて 生活者の困窮は国が解決すべきことなのか

2018年1月14日 20時07分 | カテゴリー: 活動報告

2018年、新しい年を迎えました。私の任期は残りあと数カ月となり、思いの丈を述べておきたいと思います。昨年半ば、本市に緊急財政対策本部が設置され、逗子市の財政がひっ迫した状態が露見されてから、私も多くの時間を割き、財政についての調査研究と提言を行ってきました。

市民サービスの縮小の中でも、重度障害者手当の縮減や、一人親家庭手当の廃止が32年以降、示されています。こうした聖域的な予算は生活に直結する問題であり、公的責任の後退と自己責任論の強調ではないかと、質疑を重ねてきました。市長からは、国や県の制度が整ってきた中でナショナルミニマムな役割を現在まで自治体が継続したことで、その費用負担は重くのしかかり、財政状況を加味し、見直しを検討するとの答弁でした。

ここで、あらためて考えたいのは、一人親家庭の手当は公の制度の中で、国がすべきことなのかという視点です。当然に国が全国一律の手当てを給付する制度は、自治体間格差が生じないために必要であり、その意味において国の役割といえます。しかしながら、一人親家庭の実態は、OECD34か国の中でその貧困率は1位であり、世界的にみても日本の一人親家庭の貧困は著しく高く、子どもの6人に1人が貧困に陥るという実態を国の制度がカバーできているとは言えません。私は自治体の福祉手当の役割は、国と重複するから廃止できるものではなく、子どもの家庭環境によらず、自分の将来の選択肢を経済的な環境によって狭められてはならないものであって、そこに身近な市という公がお金を出すことは、子どもに向けた、自分の歩みたい道を歩みなさいという市の発するメッセージなのではないか と発言しました。今後の状況を注視していきます。

子どもの貧困については深刻さ、問題の根が深く、公的な給付制度だけで解決はできません。離婚後、養育費の支払いを受けていない母子家庭が8割にも上っている実態は、養育費の不払いが容易にできてしまえる、所謂、逃げ徳を許してしまえる法整備の遅れにも大きな要因があります。養育費不払いの相手方の財産開示請求の罰則が最大30万円、しかも3年に一度しか使えないような制度では、仮に月5万円の養育費を調停調書や公正証書を取り交わしたとしても、数年の未払いをした方がよほど安上がりなザル法です。法的拘束力があってないように放置している元凶こそが、子どもの貧困の温床に繋がっていることを国は自覚するべきです。