教育基本法制改正に遡って読み取る憲法改正への目論見

2015年7月29日 23時07分 | カテゴリー: 活動報告

いよいよ安保法制が参議院で審議入りしました。戦後70年以来、今、憲法がこれほど試練を迎えている時はありません。日本国憲法は1946年に公布され翌年施行されました。その前文に、日本が敗戦から国家として再出発する前提として、政府の暴走によって起こされる戦争に、国民が巻き込まれないという決意が述べられていることが何よりも憲法の特徴を示しています。安倍内閣の憲法改正への道筋は何も今、突然起こったわけではありません。第一次安倍内閣は当時「戦後レジームからの脱却」をあげ、2006年、教育基本法制を改正しました。この法制の改正部分を以前との違いで対比すれば、いかに以前のものが憲法の理念をストレートに表していたものであったかと深い憤りを感じます。
もともと、教育基本法制は、憲法の目指す平和で民主的な日本の担い手を育成することを戦後教育の目標としたもので戦前の政治教育を反省し、教育の自由を教育権として保障したものです。改正案は、「国への忠誠」「家族」「伝統」の理念に欠けるとの批判から見直し論が起こり、自民党改正案が国会で成立しました。
教育基本法の改正点に着目すれば、安倍内閣の憲法改正への宿願がよく表れています。
まず、前文に旧法が、「真理と平和を希求する」と掲げられていたものに対し、改正法は「真理と正義を希求し」と変えています。戦争の引き金となる最も危険因子が「正義」という概念です。戦争はお互いが正義と捉え、正義を名目に多くの戦争・紛争は起こってきました。
また、同法第2条に「教育目標」が新たに作られ、「我が国と郷土を愛する」という文言が盛り込まれました。教育は強要されるものでないことを顧みず、愛国心をもって、国家として国民を束ね、国益を求めるというイデオロギーの押しつけは、そもそも憲法の理念を逸脱するものです。そんな政権を再度、誕生させてしまった代償はこれ以上大きくならないことを願うばかりです。

JR逗子駅前で安保法制の廃案を訴えるスタンディング